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2016年03月28日

僕は生まれつきアトピーがひどく、子供の頃は地獄のような苦しみを味わいました。四六時中痒みが体中を襲い、夜も寝れない毎日。病院に行くと出されるのはステロイド剤。一時的に収まってもまた酷くなり、またステロイド剤に頼るような悪循環。爪で皮膚を引っ掻くので血が滲み、学校に行けばいじめにも合い、子供ながらに生きている事が辛く、なぜ自分は生まれてきたんだろう。なぜこんな苦しい目に合わなければいけないのだろう。死んでしまいたい。いつしかそんな感情に支配されるようになっていました。

そんな時に偶然出会った一冊の本がありました。九州のお百姓さんである赤峰勝人さんの「ニンジンから宇宙へ」という本です。人間の体は食べるものでできているという事。そして自然の叡智と循環する生き方の大切さ。読み終わった時にたくさんの気付きや救いを与えてくれました。

実際に食を意識するようになってからは少しずつアトピーも良くなり、食の大切さを実感すると同時に、野菜や食べるものを育てるお百姓さんて凄いなぁと思うようになりました。でも自分も百姓になりたいとはその時には思い至りませんでした。20代のうちは音楽だけが生きがいのようなもので、週末のパーティーのためにふらふらと働いては辞め、働いては辞めの繰り返し。派遣で色んな工場にも働きに行きました。食品会社のライン作業から車の自動車部品の研究開発みたいな仕事まで経験しました。その時期は生きがいというものは仕事からは感じられず、目の当たりにするのは、大量生産大量消費のサイクルとシステム。最後に働いていたのはアスファルトの研究開発で、開発のために海外から石油を運んできてそれも船で石油を消費しながら、日本の山を削り、土の上に敷く。自然に帰れないようなゴミも毎日のように大量に廃棄する。工業的な社会の中で色んな便利さを享受しているけど、果たしてこの仕事を100年後も続けられるのだろうか? 単純に考えた時にこのままではいつか限界が来るというのは明らかな気がしていました。そんな時に311の震災、原発事故が起きたのです。全ての問題は繋がっていて地続きでした。そんな世の中を変える事は出来ないけど、自分の生き方を変える事は出来る。今変わらないとずっと変わらないままだと。ずっと続けられる仕事、自分が納得出来る生き方は何だろうと考えた時に、それは農業だと思ったのです。

ある時に神戸の原発のデモに参加した後、立ち寄ったとあるパン屋さんにとある詩人と歌唄い、内田ボブさんとナーガさんが来ていて、詩の朗読会があった時のこと。「つまづく地球」を聴きながら、グラスに注がれていたワインを何気無しに飲んだ瞬間の事でした。それは今までに感じたことのないような、舌先で味わう美味しさというよりは身体中の細胞一つ一つに染み渡っていくような美味しさで衝撃的な体験は今でも忘れられません。そのワインはマルセル・ラピエールという人のワインでした。それからワインの事、葡萄の事を色々知っていくうちにワイン造りに惹かれ、いつしかワイン造りを一生の生き方にしたいと思うようになっていきました。自分にはお金も時間もないし海外に行く事は出来ないけど、ラピエールのように自然に敬意を払いながら葡萄を育て、ワイン造りをしている人達が日本にもいる事を知り、山梨や長野、様々なワイナリーを訪れて働ける場所を探しました。しかし中々見つからず、悶々としていたのですが、自分が生まれ育ったすぐ隣の町が実は葡萄の産地であるという事を知り、農業普及所に話を聞きに行ったり、直売所を巡って生産者に話しを聞いて周ったりしていました。とある直売所に寄った時に「葡萄を育ててワインを作りたいんです」という話をしたら「まぁ頑張り」と言って一房の葡萄を食べさせてくれた女性の方がいて、マスカット・ベーリーAという品種の葡萄でとっても甘くて美味しくて帰りの車の中で1人で全て食べてしまいました。こんな近くにこんな美味しい葡萄があったなんて と、とても嬉しかったのです。

ちょうど父親の命日だったので良く覚えているのですが、1年程音沙汰が無かった普及所から「ぶどう農家さんのところで研修を受けられる話しがあるのだけど」と連絡があり道が残されていなかった自分は食用のぶどうでも栽培を学べるのならと、1年間ぶどうの栽培の研修を受ける事になりました。

農家さんのところに挨拶しに行った帰りに車の中で見た景色はぶどう畑に太陽と月が空に一緒に浮かんでいてそれはとても美しい光景で、あぁ自分はここで農業をやっていくんだと直感で感じました。

後で知ったのですが、研修を受ける事になったぶどう農家さんは直売所で一房の葡萄をくれた農家さんだったのでした。

1年の研修を終えて、またワイナリーで働ける場所を探すか、そのまま畑を借りて新規就農するか迷いました。どこの産地でも一緒だと思いますが、高齢化のために畑を続けられず、後継者もいないので木を切ってしまい、そのまま耕作放棄地になってしまうケースが多く問題となっています。このままどこか遠くの別の場所に行ってワイナリーで働くよりも、家族や友人がいる自分が生まれ育った好きな土地に昔からぶどう達が根を張り、今まさに切られてしまおうとしているのを知ると、この場所でやって行く事はとても自然な流れでした。たまたま空いた畑があり御縁で借り受ける事になり2014年の春に新規就農しました。

僕は百姓としてはまだまだ未熟者ですし、百のうちの一くらいのような存在です。お世話させてもらっている樹齢50年の葡萄の樹たちの方がよほど生きる事を経験しているでしょう。そんな自分がこうやって葡萄の面倒を見させて頂けるのはとてもありがたい事です。50歳の木を育てようと思うと僕はもう年老いたおじいちゃんです。残されたこの土地と葡萄たち、空気や水、食べ物を大切にし、自分達の子供、次の世代に伝え残していけるようなそんな仕事、生き方が出来ればそれはとても幸せだと思います。それが今自分がここにいる理だからです。

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